山口県最古、600年の歴史を誇る長門湯本温泉。かつて毛利藩主も癒やされたというこの名湯は、今、「地方創生・温泉街再生の聖地」として全国の自治体や観光関係者から羨望の眼差しを向けられています。
単なる一企業の誘致に留まらない、行政・民間・星野リゾートによる「三位一体の真剣勝負」。その10年におよぶ挑戦の全貌を紐解きます。
第1章:瓦解する温泉郷、背水の陣の「マスタープラン」
2010年代前半、長門湯本は「消滅」の淵に立たされていました。2014年には温泉街の象徴であった大型老舗旅館「白木屋」が廃業。バブル期に建設された巨大なコンクリート旅館が立ち並ぶものの、客足は遠のき、夜の通りは街灯だけが虚しく光る「死んだ街」と化していました。
この絶望的な状況下で、当時の長門市は「一軒の宿を助ける」のではなく、「街全体の価値を再定義する」という極めて困難な道を選びます。2016年、市は星野リゾートとパートナーシップを締結。ここで掲げられたのが、前代未聞の「長門湯本温泉観光まちづくりマスタープラン」でした。
このプランの最終目標は、星野佳路代表が提唱した「全国温泉地ランキングでトップ10に入る」こと。夢物語のような目標に、当初は地元住民からも懐疑的な声が上がりました。
第2章:星野リゾートが突きつけた「街のOS」の刷新
星野リゾートが提示した再生の条件は、「宿の快適さ」だけではありませんでした。彼らが注目したのは、宿泊客が宿を一歩出た後の「体験の質」です。
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「そぞろ歩き」の導線設計: 日本の温泉街の魅力は「歩く楽しさ」にあると定義。音信川(おとずれがわ)沿いの遊歩道を再整備し、自動車優先だった道路を歩行者主体の空間へと作り変えました。
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公共空間の「リビング化」: 川の中に突き出た「川床(かわどこ)」や、自由に座れるベンチ、夜の暗闇を美しく照らす照明デザインなど、街全体を一つの大きな「宿のリビング」として捉え直しました。
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公衆浴場「恩湯」の解体と再生: 街の魂である公衆浴場「恩湯」を一度解体。岩盤から湧き出る源泉を可視化するモダンな平屋建てへと再建し、神聖な祈りの場としての機能を取り戻しました。
第3章:地元の若き血潮、「共演」から「主体」へ
星野リゾートという「強力な主役」が登場したことで、地元のプレイヤーたちにも変化が起きました。最大の功績は、地元の若手経営者たちが「星野リゾートに依存するのではなく、切磋琢磨するライバル」へと成長したことです。
街のルールを決める「デザイン会議」には、行政、星野リゾート、そして地元の旅館主たちが並んで座りました。看板のフォント、軒先の高さ、街灯のケルビン(色温度)に至るまで、徹底的な議論が行われました。
この「共演」の結果、空き家だった建物は、地元若手の手によって「365日オープンするクラフトビール専門店」や、「地元の食材を活かしたどら焼き店」、さらには「古民家を改装したギャラリー」へと生まれ変わりました。大手資本が作る「どこにでもある風景」ではなく、長門にしかない「手触り感のある日常」が街に息づき始めたのです。
第4章:結実する2020年、そして「界 長門」の誕生
2020年3月、再生のアンカーとして「界 長門」が開業しました。山口県の伝統工芸「萩焼」や、藩主の書斎をイメージした客室を備えたこの宿は、高い集客力を発揮し、全国から高付加価値を求める旅人を呼び込みました。
しかし、真の成功は「界 長門」の予約が埋まることではありませんでした。宿泊客が浴衣姿で街へ繰り出し、川床で地元のビールを飲み、再建された恩湯で地元住民と肩を並べて湯に浸かる。宿の壁を越えた「街歩きの循環」が完成した瞬間、長門湯本は再生を果たしたのです。
第5章:未来への展望—持続可能な「風景」を守るために
現在の長門湯本は、SNSでも「日本一おしゃれな温泉街」として若い世代に認知され、かつての団体客中心のモデルから、個人客が長期滞在するモデルへと見事にシフトしました。
このプロジェクトが教えてくれるのは、「外からの知恵(星野リゾート)」と「行政の覚悟(長門市)」、そして「地元の愛着(住民)」が、共通のビジョンのもとに等距離で結ばれた時、街は死の淵から蘇るということです。
長門湯本の挑戦はまだ終わっていません。景観を維持するための厳しいルール作りや、オーバーツーリズムへの対策など、次のステージへと歩みを進めています。600年の歴史に刻まれたこの10年の物語は、日本の地方創生における「希望の教科書」として、これからも輝き続けるでしょう。
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